飯盛山(いいもりやま)は、戊辰戦争の際に亡くなった白虎隊士の墓や国指定重要文化財のさざえ堂に立ち寄ることができます。
白虎隊(びゃっこたい)は、会津藩が年齢別に編成した部隊の1つであり、16歳~17歳の若者で構成されていました。
そんな彼らが戊辰戦争の際に新政府軍との戦いで、この飯盛山で会津藩の負けを悟り、相手方に囚われては主君に迷惑をかけてしまうと全員が一致し、自刃をした地です。
階段が延びていますが、右手に有料のスロープコンベアがありますので、脚に不安がある方はそちらを利用することもできます。
入口付近にある、飯盛山の案内図です。
私は赤矢印とは逆のルートで周りました。
というか、訪れたときにこの看板をよく見ていなかっただけですが。。。
左手には、白虎隊記念館(資料館)がありました。
階段を登りきると、開けた場所にたどりつきます。
こちらは、白虎観音です。
お線香が売っていましたので、お参りしておきました。
開けた場所から、白虎隊自刃の地に向かう道の途中に、飯沼貞雄(幼名貞吉)のお墓がありました。
この方は、白虎隊で自刃をしたなかで唯一蘇生した方で、この方が生きていたので、白虎隊の悲劇が語り継がれることになったそうです。
さらに進むと、白虎隊自刃の地が現れます。
ここには、鶴ヶ城の方向を眺めている、白虎隊士の像があります。
白虎隊士が飯盛山で自刃をするに至ったいきさつが、書かれていました。
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開けた場所に戻ります。
降りる階段とは別に、さざえ堂に向かう道がありますので、そちらに向かって降りていきます。
飯森分店(売店)の脇を降りていく感じです。飯森分店の前に案内の看板がありますので、たぶん迷うことはないと思います。
まずは、宇賀神堂です。
白虎隊十九士の霊像と、飯沼貞夫の遺影が祀られています。
私は、さざえ堂にばかり
気を取られて、宇賀神堂をじっくり見ることができませんでした。
皆さん、ご注意を。
さざえ堂です。
入場料を支払って、中に入ります。
中はらせん状の登り(右回り)になっているのですが、下りは登りとは別のらせん状になっている、不思議な構造になっています。
さざえ堂の一番上です。
ここから、らせん状の下り(左回り)を降りていきます。
さざえ堂を後にして下っていくと、厳島神社が現れます。
戸ノ口原で、白虎隊士が新政府軍との戦いから退却をし、鶴ヶ城に向かおうとするものの、新政府軍の攻撃もあり、飯盛山を目指すことになりました。
その際に使用したのが、猪苗代湖から会津盆地に水をひくために作られた用水路である「戸ノ口堰洞穴(とのぐちせきどうけつ)」で、白虎隊士はこの洞穴を潜り、厳島神社の脇にある「戸ノ口堰洞門(とのくちせきどうもん)」を経て、飯盛山にたどり着きました。
地図
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